成人脳腫瘍

・脳腫瘍(のうしゅよう)とは:

脳腫瘍には良性腫瘍(りょうせいしゅよう)と悪性腫瘍(あくせいしゅよう)があり,それぞれがさらに細かく分類されています。それぞれの腫瘍の種類によって治療の方法や予想される経過がまったく違ってきます。脳腫瘍には様々な種類があって個人差が大きいこと、これがほかの癌との大きく違う点の1つです。まず正確な病名を確認した上で、治療方法や予想される経過などについて詳しく説明を受けて下さい。
以下に主な脳腫瘍について、その特徴をまとめた上で、埼玉医科大学国際医療センター脳脊髄腫瘍科において行なわれている治療方法について説明します。下記に記載した以外にもさまざまな種類の脳腫瘍・脊髄腫瘍がありますが、当科ではあらゆる脳・脊髄の腫瘍を対象に治療を行っております。経験豊富な脳・脊髄腫瘍の専門家が、最新の知見を集め、放射線科・リハビリテーション科・病理診断科などとの合同カンファレンスなどで治療方針を検討しております。さらには他の臓器の専門家も含めて、広い治療分野と連携することで、最適な治療を行うべく努力しています。

 

*神経膠腫(しんけいこうしゅ)またはグリオーマ

l  グリオーマについて
脳を構成し神経細胞を保護するグリア(神経膠(しんけいこう))細胞に起源があると考えられている腫瘍を総称してグリオーマ(神経膠腫(しんけいこうしゅ))と呼びます。我が国の統計では原発性脳腫瘍のおよそ25%を占め、脳実質内に発生する代表的な脳腫瘍であり、当科で診療機会の多い腫瘍の一つです。グリア細胞の種類であるアストロサイト(星細胞)、オリゴデンドロサイト(乏突起細胞)、エペンディモサイト(上衣細胞)に対応して、グリオーマにもアストロサイトーマ(星細胞腫)、オリゴデンドログリオーマ(乏突起膠腫)、エペンディモーマ(上衣腫)などの多彩な組織型の種類があり、さらにWHO(世界保健機構)の定義による4段階の悪性度(グレード1 4 )によって細かく分類されています。
診断は手術で摘出した腫瘍組織の細胞形態を調べることで決定します(例えば、アストロサイトーマ、グレード2など)。近年、これらの多彩な組織型が各々特徴的な遺伝子異常や染色体異常を有することが明らかとなってきて、こうした分子レベルの知見が診断に活用されています。
グリオーマは脳実質内のあらゆる場所に発生し、発生部位によって、半身の運動麻痺、痺れなど感覚の障害、言語障害、認知機能障害、頭痛、痙攣など多彩な神経症状を呈します。
治療や予後は腫瘍型、悪性度によって異なります。グレード1のみが良性腫瘍に該当し、外科的切除による治癒が可能です。グレード2以上では周囲脳組織へ広く浸潤する性質があるため外科的切除には限界があり、手術、放射線療法、化学療法を組み合わせた集学的治療を行います。
 
l  グリオーマの手術、診断、術後治療
1.      手術
グリオーマの治療の第一歩は手術による腫瘍の切除です。外科的に腫瘍体積を減じると同時に、摘出した組織を病理学的に詳しく調べて正確な診断を得るために非常に重要なステップになります。
一般的にグリオーマの手術では最大限かつ安全に腫瘍を切除することを目標とします。
しかしグリオーマは周囲脳組織への浸潤性を有し、腫瘍組織と正常脳組織との境界が不明瞭であるという特徴があり、このため外科的切除には限界があります。当科では手術支援機器としてニューロナビゲーションシステ ムを用いた摘出部位の確認、5-アミノレブリン酸(5-ALA)による術中蛍光診断を用いた腫瘍組織の同定、を行うことで摘出度を高めることを目指しています。
 

ニューロナビゲーションシステムを用いた腫瘍摘出(摘出操作を行っている箇所が示される)
 
術中蛍光診断では、術前に5-ALAを内服していただきます。5-ALAは腫瘍細胞に取り込まれて細胞内でプロトポルフィリンIX(PpIX)に変換されます。術野に波長 405 nmのレーザー光を照射しフィルターを通して観察すると、腫瘍組織は細胞内 PpIXにより赤色蛍光を発します。正常脳組織は赤色発光しないため、このコントラストを利用して選択的に腫瘍組織を摘出することが可能となります。photo; 5ALAによる術中蛍光診断)
 

膠芽腫 術前造影MRI      術後造影MRI         5-ALAによる術中蛍光診断

造影部分は摘出されている。腫瘍部分が赤色の蛍光を発している。

 
また、グリオーマのように脳実質内に発生する腫瘍では、脳という臓器の性質上、腫瘍を切除することで重い神経機能の障害を招くことが起こり得ます。安全に摘出を行う、つまり神経機能を温存するために、必要に応じて神経機能モニタリングや覚醒下手術といった技術を駆使して腫瘍を最大限かつ安全に切除します。当科は覚醒下脳手術の認定施設です。

覚醒下手術時のタスクの様子

 

 
 
 
 
 
手術前(退形成性乏突起膠腫)

 
左側頭葉の言語中枢に発生した退形成性乏突起膠腫
術中に麻酔を覚まし、患者さんと会話をして言語機能を確認しながら摘出操作を行い、言語機能の悪化を起こすことなく腫瘍摘出を成し得た。
 

 
 
 
 
手術後

 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
標準失語症検査

 
 
 
 
2.   診断
手術で切除した腫瘍組織の細胞形態を顕微鏡的に調べ、細胞核の形、核分裂像、微小血管増殖像、壊死像などの形態的な特徴に基づいてグリオーマの組織型を決定する手法が従来の病理診断です。しかしこうた形態的特徴のみに基づいた診断は、しばしば診断が難しい場合があり、神経病理の専門家の間においても診断の不一致が生じることがあることが知られています。近年ではグリオーマの各組織型における遺伝子変異などの分子レベルの特徴が明らかとなってきており、こうした知見の進歩を受けて2016年に改訂された国際的な脳腫瘍の診断基準であるWHO分類では、新たに分子診断マーカーが診断基準に組み入れられています。
WHO2016診断基準における主な成人グリオーマの組織型の定義
膠芽腫IDH遺伝子変異なし(グレード4)
膠芽腫IDH遺伝子変異あり(グレード4)
退形成性星細胞腫IDH遺伝子変異なし(グレード3)
退形成性星細胞腫IDH遺伝子変異あり(グレード3)
星細胞腫IDH遺伝子変異なし(グレード2)
星細胞腫IDH遺伝子変異あり(グレード2)
退形成性乏突起膠腫IDH遺伝子変異あり、染色体1p19q共欠失あり(グレード3)
乏突起膠腫IDH遺伝子変異あり、染色体1p19q共欠失あり(グレード2)
 
このように、グリオーマを正しく診断するためには、分子的な特徴を調べることが重要となっています。
同じ名前の腫瘍型で、IDH遺伝子変異があるタイプと変異がないタイプが分けられていますが、両者は臨床的な悪性度が全く異なります。IDH遺伝子変異があるタイプの方が治療経過が良好であり、IDH遺伝子変異がないタイプはその多くが高悪性度の性質を示します。また、グリオーマのうちIDH遺伝子変異と染色体1p19q共欠失という特徴を有するものを乏突起膠腫系と定義し、染色体1p19q共欠失を持たない星細胞腫系と比べて一般に治療経過が良好です。
最近の研究においても、従来の顕微鏡のみによる診断と比べて、分子マーカーを組み入れた診断方法はグリオーマの悪性度をよく反映することが証明されています。
適切な治療方針を決定するためには、悪性度の把握が非常に重要になりますが、こうした分子マーカーはその有用性にもかかわらず、現在の日本の保険診療の枠組みではその一部しか検査を実施できないという問題があります。当科では以下の分子検査をルーチンで行なっており2016年改訂のWHO診断基準に対応した診断を行なっております。
 
当科で行っている分子検査
MGMT遺伝子プロモーターのメチル化定量解析
IDH1, IDH2遺伝子の変異
染色体1p19qの共欠失
TERT遺伝子の変異、メチル化
BRAF遺伝子の変異
H3F3A 遺伝子の変異
など

 
 
 
 
 
DNAシークエンス解析によるIDH1遺伝子変異の同定
 

 
 
 
 
 
 
DNAシークエンス解析によるTERT遺伝子変異の同定
 
 
グリオーマ治療の第一選択の抗がん剤であるテモダールの治療効果を高い精度で予測できる分子マーカーとして、MGMT遺伝子のDNAメチル化状態があります。MGMT遺伝子のDNAメチル化が認められた症例ではテモダールがよく効くことが多くの報告で示されており、当科においてもMGMTのメチル化の有無を調べています。
 
3.      術後治療
成人グリオーマの多くはGrade2以上の悪性度を有し、周囲脳組織へ浸潤性を示しながら進展する性質を持っていますので、一般に腫瘍が発見された段階で、すでに細胞レベルでは脳の広範囲に腫瘍が進展していると考えられています。このため外科的に完全に腫瘍を切除することは不可能、つまり手術摘出のみでは治療が不十分であり、放射線療法、化学療法を組み合わせて治療を行うことが一般的です。治療方針の決定に際しては、病理診断だけではなく、年齢、神経症状の程度などを考慮して、最もエビデンスレベルの高い(治療効果に最も強い科学的な根拠がある)治療(=標準治療)を提供することを第一に考えています。
 
例えば、
IDH遺伝子変異を持たない星細胞腫系グリオーマでは、膠芽腫と同等の悪性度を示すものが多くあり、形態学的な病理所見と合わせて統合的診断を行った上で、術後に重点的な放射線化学療法の実施を検討します。
IDH遺伝子変異を有する星細胞腫系グリオーマは、グレード4相当の高悪性度の症例から、術後20年以上に渡って腫瘍のコントロールが可能な低悪性度の症例まで多岐に渡り、治療強度の決定が難しい対象になります。核分裂像がどれくらい観察されるかなど形態学的な所見に基づいてグレード2、グレード3を判定し、グレード2には放射線治療、グレード3に対してはテモダール併用の放射線治療を実施する治療法が一般的となっておりますが、近年の分子レベルの研究により、この群の悪性度を規定している分子背景が明らかとなりつつあり、より最適化した治療戦略の構築が期待されています。
一方、IDH遺伝子変異、染色体1p19q共欠失をもつ乏突起膠腫系は、総じて放射線化学療法によって長期的な腫瘍制御が期待できるタイプであり、特にグレード3の悪性度を持つ腫瘍に対しては積極的な放射線化学療法を行います。例外として、若年者のグレード2で、手術で十分な摘出が行えた場合には、放射線化学療法を実施せずに、慎重に経過観察を行う場合があります。
 
グリオーマの中で最も悪性度の高いタイプである膠芽腫(こうがしゅ)(グレード4)は、特に治療が困難で、かつ最も頻度が多い組織型です。現在の膠芽腫に対する標準治療は、テモダール併用放射線療法です。術後に1日2Gy*30回(平日5日間を6週間)のスケジュールで計60Gyの放射線療法を行い、放射線療法の期間中は連日テモダールを内服します。放射線治療終了後は維持療法として毎月5日間テモダールを内服します。膠芽腫に対しこの治療を行なった場合の5年生存率は約10%と報告されており、約7割の症例が1年以内に再発するとされています。
人口の高齢化に伴い膠芽腫の患者さんの年齢層も上昇傾向があり、当科でも最近3年間に手術を行なった膠芽腫の患者さんの43%は70歳以上となっています。70歳以上の患者さんに対しては、6週間の放射線化学療法は体力的に負担が大きいことが懸念されるため、放射線療法の期間を3週間に短縮して40.05Gy2.67Gy*15回)の線量で治療を行なうことが一般的となっています。またMGMT遺伝子にメチル化が認められテモダール治療の効果が期待される場合に、患者さんの状態によって、放射線治療を行わずにテモダール内服のみで治療を開始する場合もあります。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
77歳女性 膠芽腫;MGMT遺伝子のDNAメチル化検査にて、高メチル化(テモダールの効果が期待できる)の結果を確認し、術後早期に退院。外来にてテモダール内服治療を実施、著明な腫瘍縮小が得られ、左半身運動麻痺が軽快した。MRI写真 左;部分摘出術後、MRI写真 右;テモダール4コース終了後
 
再発膠芽腫に対しては血管新生阻害剤であるアバスチンの点滴治療を行います。腫瘍は大きくなるために栄養を得る必要がありますが、腫瘍が血管を新たに構築して栄養を獲得しようとする過程を血管新生といいます。膠芽腫ではこの血管新生がしばしば観察され、したがって血管新生阻害剤が再発膠芽腫に対し有効である場合があります。
 
これらの薬物療法とは別に、オプチューンという頭皮の上に電極パッドを装着して持続的に弱い交流電場を発生させることで膠芽腫細胞の増殖を阻害するという新しいコンセプトからなる治療法が初発膠芽腫に対し承認を受けていますので、保険診療で実施することができます。
 
膠芽腫は医学が克服できていない悪性腫瘍の一つであることもあり、様々な新規治療が開発され、有効性が試されています。こうした研究段階の治療は、すでに承認を受けた標準治療と異なり、効果について十分な科学的な根拠は得られてはいませんが、他臓器癌で良好な効果が報告されていたり、承認に近い段階にあって期待値が高いと思われる薬剤については、我々としても積極的に治験に参加して、患者さんに治療の選択肢を提供できるように努めております。
 
現在実施中の膠芽腫を対象とした治験やその他の臨床試験
❶ 初発のMGMTメチル化成人膠芽腫患者を対象にテモダール及び放射線療法とニボルマブ又はプラセボを併用する無作為化第Ⅲ相単盲検試験;ニボルマブ(オプジーボ®️)は悪性黒色腫、非小細胞肺がん、腎細胞がんで治療効果が認められ注目を集めているがん免疫療法の新規薬剤です。ニボルマブの膠芽腫に対する治療効果は明らかとなっておらず、本治験はその治療効果を検証するものです。
 
 ❷再発膠芽腫患者を対象としたエリブリンの第Ⅱ相医師主導治験(国立がん研究センター中央病院);エリブリンは再発乳がんなどに効果があり承認を受けている抗がん剤です。膠芽腫の治療では未承認の薬剤になりますが、膠芽腫の分子的特徴からその効果が期待されています。
 
❸日本人悪性神経膠芽腫患者を対象としてABT-414の安全性、薬物動態、有効性を検討する非ランダム化、非盲検、多施設共同Ⅰ/Ⅱ相試験;膠芽腫ではしばしば上皮成長因子受容体(EGFR)という遺伝子の増幅や高発現が認められ、EGFRが膠芽腫の悪性性質の形成に関わっていることが示唆されています。ABT-414はこのEGFR発現腫瘍に対する治療薬として開発された抗体薬物複合体です。抗体薬物複合体は、治療標的の特異性と細胞障害性薬物による抗腫瘍効果を合体させた、近年急速に開発が進んでいる抗がん剤の一種で、本治験ではABT-414の膠芽腫での治療効果を検討しています。
 
❹ IDH1遺伝子変異を有する神経膠腫患者におけるDS1001bの第Ⅰ相臨床試験;本治験はIDH1遺伝子に変異を認めるグリオーマの再発症例を対象としたものです。膠芽腫ではIDH1遺伝子変異が見つかる頻度は少ないのですが、若年者や低悪性度グリオーマからの再発例ではIDH1変異の検出率が高くなります。IDH1遺伝子の変異はグリオーマが発生する初期段階に起こる重要な遺伝子異常であることが知られており、DS1001bIDH1遺伝子変異を持つ腫瘍の増殖を阻害する作用をもつ、新しく開発された治療薬です。
 
再発膠芽腫に対する用量強化テモダール+アバスチン逐次併用療法をアバスチン療法と比較する多施設共同ランダム化第Ⅲ相試験;再発膠芽腫に対しては有効な治療が少なく、アバスチン点滴治療が行われる機会が多いですが、膠芽腫に最も効果がある抗がん剤であるテモダールを通常の用量よりも増量して内服する方法での治療を挟むことで、治療効果が得られないか、検証する試験です。本試験は日本臨床腫瘍研究グループで行われている臨床試験になります。
 
 
当科でこれまでに実施した膠芽腫を対象とした治験やその他の臨床試験
 
❶ 初発のMGMT非メチル化成人膠芽腫患者を対象に放射線療法をそれぞれ併用しニボルマブとテモダールを比較する無作為化第Ⅲ相非盲検試験;初発のMGMT非メチル化成人膠芽腫患者に対するオプジーボ®️の治療効果を検証した治験です。
 
❷ 初発膠芽腫患者を対象とし、テモダール及び放射線療法にアバスチンを併用する第Ⅲ相多施設共同プラセボ対照無作為化二重盲検比較試験;アバスチンの国内承認に寄与した大規模な国際共同試験です。
 
❸ ITK-1第Ⅲ相プラセボ対照二重盲検比較試験 HLA-A24陽性のテモダール治療抵抗性神経膠芽腫患者を対象としたITK-1投与の有効性と安全性を検証する臨床試験;がんペプチドワクチン療法の有効性を検証した試験です。
 
❹ ONO-4538(ニボルマブ)第Ⅱ相試験 - 初回再発膠芽腫に対する多施設共同非盲検非対称試験;再発膠芽腫に対するオプジーボ®️の治療効果を検討した治験です。
 
高齢者新規膠芽腫に対する短期放射線療法単独とテモダール併用短期放射線療法とのランダム化第Ⅲ相試験;高齢者膠芽腫に対する標準治療を決定した大規模な国際共同臨床試験です。
 
初発膠芽腫に対する放射線療法併用テモダール、アバスチン療法および増悪または再発後のアバスチン継続投与の有効性と安全性を検討する第Ⅱ相臨床試験;初発膠芽腫に対し血管新生阻害剤であるアバスチンを初回治療から一貫して継続投与する治療方法の有用性を検討した臨床試験です。当科の西川亮が研究代表を務めました。
 
高齢者膠芽腫に対するMGMTメチル化を指標とした個別化治療多施設共同第Ⅱ相試験;70歳以上の膠芽腫を対象にMGMTメチル化を調べ、その検査結果を元に治療を個別化する方法の有用性を検討した多施設共同臨床試験で、MGMTメチル化検査は国立がん研究センター研究所脳腫瘍連携分野で行いました。
 
*中枢神経原発悪性リンパ腫(ちゅうすうしんけいげんぱつあくせいりんぱしゅ)

l  中枢神経系原発悪性リンパ腫について
悪性リンパ腫は、リンパ系組織の悪性腫瘍で、もともとリンパ節に発生することが多いものですが、中枢神経系原発悪性リンパ腫(PCNSL)は、中枢神経系(脳、脊髄)に発生する悪性リンパ腫をいい、リンパ節に発生する悪性リンパ腫とは異なります。全身リンパ節から中枢神経系へ転移が起こる場合もありますが、こうした転移性ではなく、中枢神経系から発生したリンパ腫を中枢神経系原発悪性リンパ腫と呼んで区別をし、治療法も異なります。リンパ節を持たない中枢神経系になぜリンパ腫が発生するのかはよくわかっていません。
PCNSLは、60歳以上が好発年齢で、我が国では近年増加傾向にあります。
欧米ではHIV感染者でのPCNSL発症頻度が高いことが知られていますが、我が国ではHIV関連のPCNSLは少ないとされています。
PCNSLは一般に成長速度がはやく、周囲脳組織に浸潤性をもつ悪性腫瘍です。
腫瘍の発生部位によって運動麻痺、言語障害など様々な症状が出現しますが、認知機能低下、行動異常などはしばしばみられる症状です。腫瘍の成長速度がはやいため、これらの症状はしばしば急速に進行することがあります。
したがって頭部MRI検査など画像検査でPCNSLが疑われた場合には、速やかに手術を行い、腫瘍組織を採取し、病理組織診断の確定が必要となります。PCNSLはしばしば脳深部に発生し、初診時にすでに広範囲に進展していたり、多発性に出現することがあります。PCNSLは放射線療法や化学療法の効果が期待できる腫瘍であることもあり、手術の意義は腫瘍組織をたくさん切除することではなく、腫瘍組織を採取して診断を確実にすることにあり、治療の主体は術後の放射線化学療法が重要になります。
 
l  PCNSLの標準治療と実際;
病理診断の結果、PCNSLと診断が確定したら、
大量メトトレキサート(HD-MTX)療法という化学療法を基盤とした薬物療法を先行し、引き続き放射線治療(全脳照射30Gy、場合によってはさらに10Gy程度の局所照射を追加する)という治療が現在の標準治療と考えられています。この治療法が開発される以前のPCNSLの治療成績はとても悪かったのですが、この治療の登場によって生存期間の平均が約3年間に延長しました。HD-MTX療法はその効果の反面、大量の抗がん剤を使用するため重大な副作用の危険があり、安全に治療を行うためには医師と看護師のチームがこの治療法についてよく習熟していることがとても重要となります。
当科ではHD-MTX療法をベースにして、年齢、内臓機能、神経症状の程度などを総合して最良の治療を決定しています。
 
例えば、高齢者では全脳照射後に遅発性白質脳症を起こすリスクが高く、その結果、重篤な認知症などにより日常生活が送れなくなってしまうことがあります。これを避けるために、高齢者に対して当院では、HD-MTXに後述するリツキサンを併用した免疫化学療法を寛解導入療法として行い、この治療により寛解が得られた場合はさらにHD-MTXによる維持化学療法を行っており、全脳照射の実施を避ける戦略をとることで、認知機能を保ちながら良好な治療成績が得られています。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
78歳男性、左前頭葉PCNSLに対し、放射線治療を行わずに化学療法のみで7年以上無再発生存が可能であった症例
 
75歳男性 右不全片麻痺で発症した左前頭頭頂葉のPCNSL

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
治療前/リツキサン+HD-MTX/HD-MTXによる維持療法施行。
6サイクルで腫瘍は消失。腫瘍の再発はなく白質脳症の増悪もなく認知機能も5年間保たれた。
 
悪性リンパ腫は、ホジキンリンパ腫と非ホジキンリンパ腫に大別されますが、中枢神経系に発生する悪性リンパ腫は、ほとんどが、非ホジキンリンパ腫の一種で、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫というタイプになります。このタイプのリンパ腫は腫瘍細胞表面にCD20というタンパクを発現していることが多く、このCD20を標的とした分子標的薬であるリツキサンが有効である場合があります。CD20陽性例ではリツキサンを併用してHD-MTX療法を行う場合が多くなっています。他にもさらに抗がん剤であるプロカルバジン、オンコビンを併用する投与方法によって良好な治療成績が報告されるなど、PCNSLの治療は今後も特に進歩が期待される分野です。当科では治療効果について十分な科学的な根拠が示された治療は積極的に採用していく方針です。

 
 
 
 
 
 
 
治療前/リツキサン併用HD-MTX療法3コースと全脳照射30Gyによる治療終了3ヶ月後
 
l  再発時の治療
このようにPCNSLでは治療によって高い割合で腫瘍消失あるいは縮小が得られるのですが、高率に再発が起こるという問題があります。再発PCNSLの治療は一段と困難なものとなりますが、HD-MTX療法にリツキサン、プロカルバジン、オンコビンといった抗がん剤の多剤併用によって、もう一度寛解に持ち込むことが可能な場合もあります。また再発PCNSLは特に治療困難な対象であることから、多くの新規薬剤が治験という形でその効果の検討がされています。当科では、患者さんには最も科学的根拠のある治療を受けていただくことを第一に考えていますが、それでも再発が起こった場合には、こうした試験段階の治療の中でも特に期待値の高い治療については積極的に治験に参加することで患者さんに出来るだけ治療の選択肢を提示できるように努めています。
 
現在実施中の治験やその他の臨床試験
 
❶ 初発中枢神経系原発悪性リンパ腫に対する照射前大量メトトレキサート療法+放射線治療と照射前大量メトトレキサート療法+テモダール併用放射線治療+テモダール維持療法とのランダム化比較試験;
従来のHD-MTX療法と全脳照射による治療方法と、これにさらにテモダールという抗がん剤を追加した治療方法を比較検証する臨床試験です。テモダールは膠芽腫に対し治療効果が認められている内服薬の抗がん剤ですが、PCNSLに対しては承認を受けていませんので先進医療として実施しています。PCNSLでは高い再発率が問題となるため、維持療法の開発が重要となります。テモダールは中枢神経系へ到達しやすい薬剤であることから、PCNSLに対する効果的な維持療法となり得る可能性が期待されています。本試験は日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)で実施している臨床試験(JCOG1114試験)で、当科の西川亮が研究代表を務めています。(2018/8終了予定)
 
❷ ONO-4059 第Ⅰ/Ⅱ相試験 再発又は難治性の中枢神経系原発リンパ腫(PCNSL)に対する多施設共同非盲検非対照試験;BTK阻害剤というB細胞性非ホジキンリンパ腫に効果が期待されている新規薬剤の治験です。PCNSLは分子的な特徴からもBTK阻害剤の治療効果が期待されています。
 
*聴神経腫瘍(ちょうしんけいしゅよう)
聴神経腫瘍は、その名のとおり聴神経に発生する腫瘍です。聴神経は蝸牛神経(かぎゅうしんけい)(聴覚)と前庭神経(ぜんていしんけい)(平衡覚)で構成されますが、本腫瘍は前庭神経を構成するシュワン細胞(神経軸索を取り囲み髄鞘を形成する)より発生することから、前庭神経鞘腫(ぜんていしんけいしょうしゅ)とも言います。原発性脳腫瘍の約10%を占め、中年に多く、女性にやや多く発生します。
腫瘍の起源からも、めまいなど平衡覚の不調で発症することが多く、腫瘍の増大とともに耳鳴りや聴力低下が出現します。
聴神経は側頭骨の内耳道という細いトンネル内を走行して、内耳からの平衡覚や聴覚の情報を脳幹の橋に伝えています。初期の聴神経腫瘍では内耳道の拡大がみられます。腫瘍が大きくなると内耳道から出て、脳幹を圧迫するようになります。
聴神経腫瘍は良性腫瘍であり、増大速度は緩徐で年間平均1 2mm ほどとされていますので、小さい腫瘍に対しては、たちまち治療介入せず経過観察することも可能です。治療は定位放射線治療が有効で、一般的に3cm 未満の腫瘍に対してはガンマナイフ、サイバーナイフなどを用いた定位手術的照射や定位分割放射線治療によって良好に腫瘍の増大を制御することができます。4cmを越える大きな腫瘍は脳幹の圧迫を伴うことが多く、外科的手術の適応となります。また水頭症を合併し歩行障害をきたすことがあり、歩行障害の改善のためにシャント手術を行うことがあります。

 
 
 
 
 
 
 
正常の右聴神経 / 左聴神経腫瘍
65歳 女性 右聴力障害を5年前から自覚、1ヵ月前より歩行障害が出現

 
 
 
 
 
 
左喋神経腫瘍 / 水頭症を合併(脳室拡大) /  シャン手術により脳室は縮小歩行障害は改善

 
 
 
 
 
 
 
 
1年後に聴神経腫瘍が増大 / 腫瘍摘出後、水頭症もなくなりシャントも抜去できた。
 
*下垂体腺腫(かすいたいせんしゅ)

下垂体は、脳に垂れ下がるようにトルコ鞍に位置する1cc ほどの大きさのホルモン産生組織で、甲状腺刺激ホルモンや副腎皮質刺激ホルモンなどを分泌し内分泌機能を制御しています。
下垂体腺腫は下垂体に発生する良性腫瘍で、原発性脳腫瘍では3番目に多い腫瘍です。
腫瘍自身が下垂体ホルモンを無秩序に産生する機能性腺腫と、ホルモンを産生しない非機能性腺腫に大別されます。
症状としては、頭痛や、下垂体腺腫がトルコ鞍から鞍上部に進展すると視神経を下から圧迫し、視力低下や視野狭窄を生じます。視野狭窄は視野の外側が欠けて見えにくくなる両耳側半盲のパターンが典型的です。

 
 
 
 
 
 
 
下垂体腺腫(造影MRI)  / 下垂体腺腫が視神経()を上方に圧排している。

機能性腺腫では、産生されるホルモンの種類によって、手指の肥大や顔貌の変化をきたす先端巨大症(成長ホルモン産生腺腫)、満月様顔貌や中心性肥満をきたすクッシング病(副腎皮質刺激ホルモン産生腺腫)、乳汁分泌や無月経(プロラクチン産生腺腫)など多彩な病態を示します。
下垂体腺腫は良性腫瘍ですので、脳ドックなどで偶然発見された無症候の非機能性腺腫に対しては経過観察が可能です。視神経への圧迫があって視力低下や視野狭窄などの神経症状が認められる場合や、ホルモンの過剰分泌がみられる機能性腺腫に対しては治療を行います。
治療は外科的に下垂体腺腫を摘出します。鼻腔から副鼻腔(蝶形骨洞)を経由して内視鏡を用いた手術にて行うことが一般的です。
成長ホルモン産生腺腫やプロラクチン産生腺腫に対しては薬物療法も有効です。
例えば成長ホルモン産生腺腫による先端巨大症では、手指末端が肥大する変化だけではなく、高血圧、糖尿病を合併しやすく脳梗塞や心筋梗塞のリスクが高まる、また大腸がんの発生リスクが高いことなどが知られており、無治療では健常者と比べて寿命が平均10年以上短いことが報告されていますので、手術や薬物療法を駆使してホルモン分泌を正常化することが重要になります。
 
*髄膜腫(ずいまくしゅ)
髄膜腫は脳を包む髄膜を構成する細胞から発生する腫瘍で、原発性脳腫瘍のおよそ25%を占め、当科で診療機会の多い脳腫瘍の一つです。髄膜腫は脳表に面したあらゆる部位に発生し、部位を冠して、円蓋部髄膜腫、大脳鎌髄膜腫、嗅窩部髄膜腫、錐体骨髄膜腫、斜台髄膜腫などと呼ばれます。脳を包む硬膜に根をはるように付着して脳側に隆起するように増大し、脳を外側から圧迫します。症状は腫瘍の部位によって局所神経症状、頭痛、けいれん発作などさまざまですが、一般的に増大速度が緩徐であるため症状が現れにくく、ときに5cm 以上の大きな腫瘍として見つかることもあります(MRI:。一方、脳ドックなど検査の普及により小さな無症候性髄膜腫が偶然発見される機会も増えています。
 
髄膜腫が周囲脳組織を圧迫し、何らかの症状を有する場合は手術適応となります。
治療は外科的切除を行います(MRI:右)

 
 
 
 
 
 
 
左:頭痛の精査で発見された径6cmを超える髄膜腫。周囲脳組織は圧迫を受けて偏位している。
右:術後。摘出術により圧迫が解除されると、脳は元のとおり復元する。
 
髄膜腫の悪性度はグレード1 3 まで3段階で規定されています。大部分の髄膜腫はグレード1 の良性腫瘍で、増大速度は緩徐であり、外科的切除によって根治が可能です。一方、頻度は少ないものですが、グレード3 の髄膜腫は成長が速く、周囲の脳や頭蓋骨へ浸潤し、切除を行っても再発を繰り返し、放射線治療や化学療法に抵抗性の悪性腫瘍です。
小さな無症候性髄膜腫は経過観察が可能ですが、短期間に明らかな増大傾向を示す場合は手術適応になります。その他、手術リスクの高い頭蓋底深部の髄膜腫に対しては腫瘍の大きさに応じてガンマナイフやサイバーナイフなどの定位放射線治療を行う場合があります。
 
 
53歳 女性:左視力障害が急速に進行した左蝶形骨縁内側部の髄膜腫

 
 
 
 
 
 
 
 
 
術前: 視力は左光覚弁まで低下 術後: 左視力は0.7まで回復した。
 
*転移性脳腫瘍(てんいせいのうしゅよう)

他臓器に発生したがんが脳に転移してきたものです。原発巣は肺がんが最も多く、乳がん、大腸がんなどが続きます。
我が国では人口高齢化の影響でがん患者数は増加傾向にあり、(正確な統計結果の公表は数年後になりますが)2016年以降、新たにがんに罹る患者数は年間100万人を超えているとみられています。そして全がん患者の約10%に脳転移が見つかると言われていますので、これらから推定される転移性脳腫瘍の患者数は原発性脳腫瘍全体の発生数を大きく上回ります。近年がん治療の目覚ましい進歩によって、多くのがんで治療成績が向上していますが、がんの原発巣が良好にコントロール出来ていても脳転移が発生することもあります。転移性脳腫瘍は今後も増加が予想されており、当科でも診療機会の多い疾患です。
一般に転移性脳腫瘍の大きさが3cmを超える場合には摘出術を行うことを検討します。3cm以下の大きさである場合はガンマナイフ、サイバーナイフといった定位放射線治療が有効で、こうした小さい脳転移に対しては良好なコントロールが期待できます。脳転移は多発することが多く、一般に4個以上の脳転移巣が見つかった場合には、脳全体に放射線を照射する全脳照射という治療方法を検討します。転移性脳腫瘍の治療は、原発巣の状態(原発臓器、原発巣の状態や治療の見込み)、脳転移の状態(脳転移の大きさ、数)、患者さんの状態(年齢、症状など)、など様々な要素を総合して決定する必要があります。脳脊髄腫瘍科では主に手術適応になる転移性脳腫瘍を担当していますが、原発臓器の担当科、放射線治療科と連携をとり、よく相談した上で、最善の治療方針を決定しています。
 
 
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